燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
10.いざ、敵地へ 【タイトル:Hiver様<扉、窓、場所>より 】
四方から向かってくる弾丸をすり抜ける。
その出所に銃口を向ければ、人間の悲しい末路と見つめ合った。
引き金を引く。
機械が爆ぜる。
「!」
師の声に呼ばれ、振り返る。
死臭(ガス)が立ち込め、一寸先も見えない視界。
その中で、自身を取り巻く空気は、的確にクロスの位置を教えてくれた。
実はそんなに離れていない。
「師匠」
駆け寄ると、胸元を掴まれた。
「馬鹿野郎」
「えっ」
コートの布を、顔に押し付けられる。
「吸うな」
そう言い、クロスも袖口で鼻を覆った。
は頷き、師に倣って布を鼻に当てる。
うっかりしていた。
アクマに思考を捕らわれて、いつも忘れてしまう。
「(後で反省しよう)」
今は目の前の事から。
サッと空気を探るが、二人を狙ってこの路地に現れたアクマは全て、倒しきったようだ。
しかし、程近い空に、動く殺気を感じる。
「あれで全部か?」
「ううん。まだこっちに来てる」
アクマが生まれたことは、喜ぶべきではない。
彼らを壊す――つまり、殺すということも、きっと誉められた行為ではない。
だが、こうしてアクマの気配を探る度、微力ながら師の役に立てているようで嬉しくなる。
あくまで自惚れではあるのだが。
「そうか」
クロスが断罪者を持った手で、帽子の角度を直した。
盛大な舌打ちが聞こえる。
口を押さえたままとは、器用だ。
「しくじったな」
「……こないだの伯爵のこと?」
先日、が賭けに出ていた間に、師は伯爵と遭遇したらしい。
その際、クロスは伯爵の体型を散々からかってきたのだと言う。
幸い、怪我をする前に引いたそうだが、後に知らされた時には肝が冷えたものだ。
「怒らせたんだ」
「……多分な」
じゃなきゃ奇怪も無い町に、こんなにアクマが来るはずがない。
苛立たしげに呟く姿に、思わず笑いが込み上げる。
「その場で殺されなくて良かったね」
言えば、クロスがこちらを見下ろしてニヤリと笑った。
「全くだ」
微笑を返した所で、気配が近付くのを感じる。
ぐっ、と福音を握ると、クロスも顔を上げた。
「背中は守ってやる」
「うん」
は風と共に駆け出した。
せめて魂が、安らかな眠りにつけるように。
せめて、愛し愛された二人が、寄り添うことを赦されるように。
振り返っている暇は、無い。
(主人公11歳)
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