燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









11'Birthday









「……ん、……」
小さな呻きに、フォーは振り返った。
ベッドに手をつき、彼の顔を覗き込む。
黄金色の睫毛が震え、漆黒が姿を現した。

「……?」

がぼんやりとフォーを見つめる。
と思ったら、瞬きをして彼は目を見開いた。

「っ!?」
「おはよう、

フォーはニヤリと笑い、声を掛けた。
さぞ驚いたことだろう。
起きた途端、鼻が触れあう位置に他人の顔があったのだから。
それにしても、彼の珍しい表情を見る事が出来た。

「え……え? フォー?」
「以外の誰に見えるってんだよ」
「いや、誰にも……ってか近い近い」

やっと我に返った彼を見て、ベッドから手を離す。

「驚いた?」
「うん……ふ、ははっ、うん、ビックリした」

笑いながら、が身を起こした。

「具合どうだ? 目眩は?」
「もう平気」

微笑を見つめ返すと、確かに、唇にも色が戻ってきている。
それなら、とフォーは彼の手を取った。

「じゃ、行こう」
「は? 何処に?」
「食堂食堂っ」

目覚めたばかりで悪いとは思う。
しかし此方も、彼が気が付くのを随分と待っていたのだ。

「フォー、そんな急がなくても……どうしたんだよ」

戸惑うを引き摺るように、早足で歩く。
フォーはちらと振り返って、笑った。

「十一日がバクの誕生日って、知ってたか?」
「え、そうなの?」
「そうなんだよ。でもその日、滅茶苦茶忙しくて、誰も祝ってやれなくてさ」
「……拗ねただろ」

が苦笑気味に返す。
まさにその通り、と頷いて、角を曲がる。

「で、今パーティーしてるんだけど、お前が居ないと物足りないって五月蝿いんだ」
「起きなかったかもしれないのに」
「あー、アイツもう酒入ってて」
「ったく、バクってば。弱いくせに調子に乗って……」
「あはは! 本人に言ってやれよ。お前が言えば効くから」

喧騒が近付いて来た。
廊下と違って食堂は明るい。
一歩踏み入れると、の空気が食堂に触れたせいだろう。
支部員や、に同行した本部の探索部隊が振り返った。

「え、嘘! あれって!」
さん!?」
「夢じゃないよな……!?」
「もう大丈夫なんですか!?」

主役そっちのけで上がってしまった歓声を、が宥めている。
フォーは先に最奥へ向かった。

「フォーさん、殿は」
「もう大分良いらしい」
「ああ、それは良かった」

安堵の息をつき、穏やかにウォンが頷いた。
フォーは、補佐役の隣で赤くなっている支部長の頭をひっ叩く。

「痛!?」
「バ、バク様ああ!」
「起きろ馬鹿バク!」
「ね、寝てなんかいない! 痛いだろうが!」
連れてきたぞ」

小声で伝えると、バクははっと表情を引き締めた。
あの気配に気付かないなんて。

「(やっぱり寝てたんじゃないか、この馬鹿)」
「ウォン、例の物を」
「はっ、此方に」

一人一人に声を掛けながら、が向かってくる。
相変わらず律儀な奴だと、フォーは小さく笑った。

「ふうっ。あ、バク」
「待ってたぞ。具合は、」
「そんなことより! 飲み過ぎだろ。駄々捏ねて、フォーに迷惑掛けんなって」

厳しい言葉を並べつつ、一転して、彼はバクに笑い掛ける。
温かな空気が、周囲に満ちた。

「遅くなってごめん、誕生日おめでとう」
「何だ、怒られ続けるのかと思ったじゃないか……」

目を白黒させ、体を縮めていたバクが、ほっと肩の力を抜いた。
照れながら返された「ありがとう」に、も顔を綻ばせる。
彼の漆黒が、ふと、傍のテーブルを映した。

「俺も何かつまんでいい? 腹減っちゃって」
「ああ、待て。お前には別に用意してあるんだ」
「え?」

バクが、ウォンに持ってこさせた小さなケーキを差し出す。
が怪訝そうに眉を寄せた。

「何で?」
「あー、その……アレだ! 探索部隊を全員無事に連れ帰ったから! な!」

明らかに挙動不審なバク。
ウォンが後ろから応援しているのが、余計に怪しい。
案の定、は首を傾げ、フォーを振り返った。

「フォー?」
「いや、丁度ケーキの材料が余っててさ。ついでに帰還祝いもするかーって。ま、祝われとけ」
「ふぅん……じゃあ、そういうことなら、ありがたく」

やっと引き取られたケーキに、此方の緊張も緩む。
彼が誕生日を教えないばかりか、祝われることすら嫌がると聞いたのは、今年のこと。
けれど、知ってしまった以上、何もせずに流してしまうというのも忍びない。
況してや折角、誕生月に支部へ立ち寄るというのに。
そこで浮かんだのが、バクの誕生日のどさくさに紛れ、一緒に祝ってしまう案だった。

「あ、林檎!」

の嬉しそうな声に、バクとウォンが目配せをして、胸を撫で下ろしている。
完全に此方の自己満足ではあるが、一応、彼が喜んでいるので、良しとしよう。
フォーは黄金を見上げ、微笑んだ。

「まだちゃんと言えてなかったな。おかえり、

銀のフォークを銜え、がはにかむ。

「ただいま」

君が生まれてきてくれたことに。
今、君が此処で、生きていてくれることに。

「(ありがとう)」

最大級の感謝と、最上級の祝福を。










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