燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
10'Birthday
「あらっ! じゃなーい! 朝なのに、珍しいわね」
「おはよ、ジェリー」
慣れた様子で、彼はジェリーに頬を挟まれむにむにと弄ばれている。
少し離れたテーブルで、リナリーは顔を赤くした。
「うわっ、めっずらしい! ほらリナリー、これはチャンスさ」
傍らでラビが囁く。
「うー、でもでも、要らないって言われるかも……」
ジョニーが笑う。
「そんなことないよ! なぁタップ」
「うんうん、絶対喜ぶよな、」
「そ、そう、かなぁ……」
タップが自信満々に頷き、神田が溜息をついた。
「いいから早く行け」
「待って、心の準備を……」
「! こっち来て食うさぁー!」
「ッ、ラビの馬鹿!」
大声でを呼んだラビの頭を、思わずスパンッと叩く。
こちらに向かうが、僅かに目を見開いた。
「良い音したな……何かされたの?」
俺がしばこうか? との優しく物騒な問い掛けに、リナリーは慌てて首を横に振った。
「な、何でもないのっ。ちょっと成り行きで」
「……成り行きでコレかよ……」
神田が小さく呟く。
けれどは深く聞かず、不思議そうに笑っただけで腰を下ろした。
今日の彼はアップルパイを持っていない。
代わりにテーブルにはおよそ三人前のサラダとポトフが並んだ。
ジョニーが眉を下げた。
「どしたの、。少なくない?」
「林檎、頼み忘れたのか?」
続くタップの言葉に、が苦笑する。
「ん……あんま食欲なくて」
リナリーは小さな箱を持つ手に力を篭めた。
周囲では、彼の声が聞こえたのか、探索部隊が何人か不安そうにこちらを見ている。
広がり掛けたざわめきを蹴散らすように、は微笑った。
「ほら、時間も時間だし」
「朝弱いもんなー、は」
未だ涙目のラビが、笑ってそれをフォローする。
探索部隊達の相手をする。
神田が彼をちらりと見てから、リナリーに視線を寄越した。
「……どうすんだ、それ」
それ、と呼ばれた小さな箱に目を落とし、リナリーは俯いた。
ぐ、と自分に引き付け、胸の前で抱える。
「渡せる、訳……ないじゃない……」
熱くなる目頭。
「(やだ、泣いてどうするの!)」
しっかりしなさい、リナリー・リー。
自分で自分に言い聞かせ、その箱を後ろ手に持ち替えようとしたその時。
タップが不意に、リナリーへ親指を立ててみせた。
その向かいで、ジョニーがの肩を叩く。
「そうだ、ねぇねぇ。リナリーがね、プレゼント渡したいんだって」
急に、胸の中で心臓が跳ねた。
「ちょっと、ジョニー!」
だって。
この箱の中身はチョコレートケーキなのだ。
毎食欠かさないアップルパイも食べられないような人に、渡す物ではない。
リナリーは慌てて箱を後ろにやったが、一瞬遅く、の目は箱を捉えていた。
「え、何で……ていうか何の?」
神田が溜息をつく。
ラビは悪戯に、彼へ笑いかけた。
「そりゃあ勿論、の誕生月プレゼントさね」
が驚いたようにリナリーを見上げた。
彼の漆黒に映されて、背くことなんて、出来ない。
リナリーは俯いて、箱をテーブルの上に差し出した。
「……開けてもいい?」
首肯に応え、が箱を開いた。
リナリーにとってはさっきぶりに目にする、小さなチョコレートケーキ。
「気が進まなければ……明日にでも、」
「ん……ふんふん」
聞こえた声に、顔を上げる。
は既に、ケーキの端を口に含んでいた。
「もう食ってるさ」
ラビが唖然と金色を見つめる。
フォークをくわえ、が首を傾げた。
「え、いいんだろ?」
「誰だ食欲ねぇっつったの」
呆れたような神田の頭を、が遠慮の欠片も無く叩く。
「いってぇな!」
「うっせ。コレは別腹」
もう一口、彼はケーキを食べて、リナリーへ笑顔を向けてくれた。
「もしかして、全部一人で作った?」
「う、うんっ」
その通り。
いつもはジェリーに手伝って貰うのだが、今回は誰の手も借りずに自分一人で作ったのだ。
「そっかそっか」
「どうして分かったの?」
「ん? ……ふふっ」
含むように笑い、は残りをぺろりと平らげた。
嬉しいというより、楽しそうな笑顔が、真っ直ぐこちらに向けられる。
「ご馳走様でした。ありがとう、リナリー」
「あ、うん。誕生日……月、おめでとう」
「おめでと、!」
「明日も祝ってやるさー」
正しく言い直すと、ジョニーやラビが後に続いた。
周囲の探索部隊達も便乗して、場が急に盛り上がる。
その中心で、は一度視線を落とし、目を伏せながら笑った。
「……ありがとう」
「リナリーちょっといらっしゃい!」
全員が朝食を食べ終え、修練場にでも行こうかと揃って歩き出した時、ジェリーが叫んだ。
カウンターから身を乗り出し、彼女は必死に手招きしている。
「先行ってるさー」
「うん! ……なぁに?ジェリー」
近くに行けばぐいと腕を引かれ、耳元に口を寄せられた。
「さっきのケーキ、クリームどうやって作った?」
「え? 普通に、生クリームにココアとお砂糖入れたけど」
ジェリーが唾を飲み込む。
いっそう声を潜め、彼女は囁いた。
「お砂糖、減ってないんだけど」
「――えっ!?」
101114