燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









09'Halloween









アレンの横を、黒のとんがり帽子をかぶった小さな女の子が、バスケットを抱えて駆け抜けた。
ある家の扉を叩き、中から出てきた女性と楽しそうに話している。
声は聞き取れない。
けれどとても楽しそうだ。
彼女は、天使の格好をしたその家の少女と共にまた駆け出した。

「師匠居たか?」
「あ、兄さん」

声を掛けられ、振り返るとが横に立っていた。

「いえ、どこにも」
「そっか……俺もだ」

子供達は、誰もかれもあんなに楽しそうだというのに、二人は道端で溜め息をついている。
クロスがまたも姿を消したのだ。
今日は一日中、彼を探し続けている。
ついでにが三体アクマを壊したが、それでもまだ見つけられない。
立ったまま、がはぁ、と溜め息をつき、額に手を当てた。

「ったく、人の稼いだ金ほとんど持って行きやがって」

そうなのだ。
あの人は金だけを持って、弟子を置いていったのだ。
アレンもそれを思い出し、溜め息をついた。

「初めて稼げたお金だったのに……」

が苦笑した。

「そうだったな」
「ひどいですよね……」

呟いてから、ふと顔を上げると、先程の二人の少女がを窺っていた。
彼も気付いたようで、二人へ目を向けた。

「こ、んばん、は……」

たどたどしく、訛りの混ざった言葉。
アレンが不思議な顔をした横で、が微笑み、少し屈んだ。

「こんばんは。Buonasera、かな?」

どうやら母語が違うらしい。
二人の顔が一気に輝く。
それにしてもこの人は、一体何ヶ国語を話せるのだろう。

「Buonasera!」

天使の姿の子が頬を染めて言い直す。
とんがり帽子の子が、小首を傾げて可愛らしくバスケットを差し出した。

「Dolcetto o scherzetto!」

アレンはきょとんとを見上げる。
彼も一瞬呆けていたが、すぐに声を上げて笑った。
軽く首を横に振る。

「"Trick or treat".Ancora una volta?」
「Trick or treat?」

頷いて微笑み、彼はポケットに手を入れた。
現れたのは、綺麗な包みの飴玉。

「Happy halloween」
「Grazie!」

少女達は飴玉をバスケットに受け取り、笑顔で駆けていった。
その後ろ姿に、は手を振る。

「そっか、今日はハロウィーンか」
「ハロウィーン?」

聞き返す。
が笑った。

「あの世から魂が帰って来る日のこと。紛れてやってくる悪霊から身を守るために、ああやって仮装をして悪霊を騙しつつ、お菓子を貰う。……らしい」
「へぇ……有名なイベントなんですか?」
「ああ、師匠はそう言ってたぜ。そうか、知らなかったか」

アレンは頷いた。

「同じだな。俺も修業に出てから知ったからさ」
「そうなんですか?」
「うん。生まれて初めて『お菓子』……」



グゴキュルルルル――



「……ぶっ、はははははは!」
「笑わないでくださいー!」

恥ずかしすぎる。
というか、どうしてこのお腹は普通の鳴り方をしないのだろう。

「ははは! ……はぁー、分かる分かる。腹減ったよな」

は涙目になりながらも、優しく頭を撫でてくれた。

「あの子達に教えてた言葉、分かったか?」

記憶を遡って、決まり文句を思い出す。

「Trick……or、treat?」

手の平に乗せられた、真ん丸の飴玉。

「Happy halloween!」

月夜の微笑に、魅せられた。








Buonasera:こんばんは
Dolcetto o scherzetto=Trick or treat:お菓子くれなきゃいたずらするぞ
Ancora una volta:もう一回
Grazie:ありがとう


091021