燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









09'Birthday









ここのところ、毎日コムイが詰め寄って来る。
今日も今日とてその攻撃が止むことはなく、クロスも今月何度目になるか分からない答えを返した。

「だから教えねぇって言ってんだろーが」
「だから教えろって言ってるんじゃないですか」
「十一月。ほらこれでいいだろ」
「何日かって聞いてるんですけどー!」

ぱんぱん、と手を叩く音。
リーバーがある種の輝かしい笑顔でこちらを見ている。

「元帥、帰ってきますよ。邪魔だから出てってください」
「……おう」

不思議と気圧されてしまい、クロスは素直に頷いた。
リーバーがコムイにも目を向ける。

「室長」
「いや、だ、だってリーバーくんも知りたいでしょ? の誕生日」
「教えてくれないなら毎日祝えばいいじゃないですか」
「あ、そ、そっかぁ」
「ね。だぁからアンタはさっさと仕事に戻れェェェ!!」

グッジョブ班長! 班員が口々に叫ぶ。
その隙に、クロスはそそくさとその場を逃げ出した。
地下水路へ向かう。



「しつけぇんだよ」

去年もこうだった。
十一月中ずっとあの調子で付き纏われ、十二月一日には散々文句を言われた。
誕生日なんか、本人が要らないというならそれでいいじゃないかと思う。
しかし、コムイにはコムイなりの「家族」の見方があって、コムイなりの愛情表現がある。
そしてそれは、自分が思うものよりも遥かに「普通」のものなのだ。

「(……聞いてみるか)」

もしも普通の誕生日を過ごしたいのなら。
だんだんと近付いてくる舟を見て、思う。
彼が望むのならすぐにでも科学班に言いに行こう。
今日が、の誕生日だと。









とりあえず、いつものように部屋に連れてきた。
は団服を脱ぎ捨て、ソファに倒れる。

「疲れた……」

ワインとグラスを持って傍に行くが、一向に動く気配が無い。
仕方なく瓶でふくらはぎを突いた。

「おい、少し場所空けろ。足に乗るぞ」
「やだー……」
「そうか、頭の方が良かったか」
「ざけんなクソ親父」

のそのそと起き上がり溜め息をついたに、グラスを渡す。

「あれ、何で?」
「バースデースペシャルだ」
「へぇ」

いつもとは逆の構図。
クロスは瓶を傾け、彼の持つグラスへワインを注いだ。

「めっずらしいこともあるもんだね」
「飲みたくないなら返せ」
「絶対返さない」

上機嫌のは迷う事なくグラスを空けて、自分で瓶を手に取った。
あっという間に二杯目を飲み干したから、グラスを取り上げる。

「あっ、俺の……」
「いいかこれはお前のじゃない。オレのだ!」

しっかり宣言して瓶を突き出せば、彼はむっとした顔でそれを抱え込んだ。

「バースデースペシャルじゃないの?」
「それはもう終わりだ」
「はやっ」

文句を垂れながら、はワインを注ぐ。
ふああ、と息をついて瓶を脇に置き、ぐっとソファに凭れた。

「寝るまで居ていい?」
「何だお前、寝ながら部屋戻る気か?」
「……ソファ貸して」

悔しそうに呟いた黄金を、笑いながら掻き回す。

「仕方ないな、ベッド使え」
「わぁ優しい気持ち悪い」
「ナメてんのかコラ床で寝ろ」
「やだ」

手を止めて、頭の上で弾ませる。



「……たまには普通の誕生日、やりたくないのか?」



ぱちぱちと目を瞬かせ、がクロスを見上げた。

「何で?」
「いや……子供にとっちゃ大事なイベントだろ? プレゼント貰って、ケーキ食って、祝われて……」









そう、それが「普通」の筈なのだ。
戦争中だって、どんな過去があったって、子供なんだから、喜んでいい筈なのだ。









「子供扱いすんな」
「……チッ、可愛くねぇな」
「そりゃそうだよ。俺、男の子だから」
「意味分かってねぇだろお前」

それくらい分かってる。
そう言って笑いながら、彼はクロスが小突いてやろうと伸ばした手をかい潜った。
そのままベッドへダイブする。

「誕生日なんか、要らない」

くぐもって聞こえた声。

「……どうして子供は、生まれるか生まれないか、選べないんだろうね」

胸が締め付けられる。
そんなこと言うな。
自分がそう言ったところで、きっと気休めにもならないだろう。
クロスは立ち上がり、ベッドまで歩いた。
端に腰掛け、黄金に手を乗せる。

「じゃあ、オレがお前を殺してやろう」
「……?」

こちらを見上げた目を手で塞ぎ、囁くように言った。

「お前はただじっとしてればいい」

頭を撫でて、そっと布団を被せる。

「何も考えられないくらいに、眠らせてやる」

望むこととは違うけれど。
望むことは、叶えてあげられないけれど。
普通でないことを彼が望むなら、クロスなりの愛情表現でもきっと、「贈り物」にはなるだろう。
そう思ったのに。

「……ぶっ、」

が噴き出した。
小刻みに震えて笑っている。

「それって、さ……師匠、そこに居るだけ、だよね……?」
「……んだよ」
「く……っ、あっはっはっは!」

笑う金色をひっぱたく。

「いって! ……はははははっ」

クロスを襲うのは、どことない敗北感。
けれどひとしきり笑ったは、はあ、と満足げに息をついた。

「最高……いいよ、そのプレゼント」

にっこりと枕を抱き、ふ、と静かな微笑みを浮かべる。

「ちょうだい」
「じゃあ目、瞑れ」

徐ろに、彼の瞼が落ちていく。
クロスは布団越しに、軽く肩を叩いた。

「おやすみ」

自分の心音に合わせて、肩を叩き続ける。
やがて微かに、安らかな寝息が聞こえてきた。

「誕生日、おめでとう」

せめて今日くらい、君が朝まで眠れますように。










091114